青い目の人形

学校
06 /29 2012
 皆さんは、野口雨情の童謡「青い眼の人形」(大正12年作曲)はよくご存知だと

思いますが、昭和初期にアメリカから送られた「青い目の人形」とは直接関係が無い

ようです。

 ここでは、「青い目の人形」のことに触れたいと思います。

 大正末期、アメリカで排日運動が高まった時(中国を巡っての政治的緊張の高まり、

 排日移民法の制定など)、この世情を危惧した在日アメリカ人宣教師シドニー・

 ギューリック博士が提唱して親善活動が行われました。その一環として、「子ども

 から文化交流を」と昭和2年にアメリカから12.700体もの人形が届けられました。

 人形には、1927年(昭和2年)のひな祭りを視察するという目的を記したパスポート

 等が添えられていました。この青い目の人形は、全国各地の小学校等に配られ、盛大

 な歓迎を受けたようです。

 しかし、その後太平洋戦争下で、敵性人形として多くの人形が処分されてしまいました。

 そうした中。処分を忍びなく思った人々が人形を密かに隠し、戦後になって学校等で

 発見されました。

 現存する人形は、現在、全国で300余体にすぎません。

 滋賀県内では、平野小学校、甲南第2小学校、日野小学校、そして我が地域の稲枝北

 小学校
の4体であります。


 稲枝北小学校の人形は、昭和40年頃その存在が確認されていましたが、数年前に

この青い目の人形であることが判明したものであります。

 全国で発見されている人形は、服装が変わったり、人形の一部が壊れていたり、パス

 ポートが紛失したりと不完全な状態のものが多い中、稲枝北小学校の人形は、当時の

 木箱、パスポートやギューリック博士からの手紙、人形の説明書等が現存しており、

 ほぼ完全な状態で保存されています。

 この人形の名前は、マリオン・エル・シュナイダーといいます。

 因みにこの人形は、野口雨情の詩にあるセルロイド製ではなく、ビスクドール

(素焼き)と思われます。

 ところで、先般6月24日、県内に残っている4体の人形が、甲賀市で開催された

シンポジウムに招待され、同窓会をしたという新聞記事がありました。


 この人形の現存は、当時、人形に罪はないと考え、誰かが隠したのではないかとか、

 戦時下に敵国から送られた人形を守るには、さまざまな葛藤があっただろうと推察

 されます。

 我々は、この人形を残してくださった地域の先人の想い、歴史に思いを寄せ、

次代の子ども達にもその意味を大切に伝えて行くことが求められているのではない

でしょうか。

人形の入っている木箱


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人形 マリオン・エル・シュナイダー

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パスポート・説明書等

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